2012年6月21日木曜日

白洲正子著作集・読書日記

十一面観音巡礼こもりく泊瀬

長谷寺-002

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 掲載の木の花の写真は花咲きかおまささんの著作権が付いております。

 いよいよ奄美群島の梅雨も終盤に入ってきました。台風もかなり勢力の強い第4号が来週の火曜日目指して襲ってくるようです。雨台風にしても、風台風にしても西南諸島の台風は半端ではありませんので、今朝から風呂に水を貯めたり、庭の片付けなどをする羽目になりました。ランタン、懐中電灯、電池、ラジオetc
まだ青空の見える静かな天気。嵐の前の静けさでしょうか。


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 いよいよ先回からは大和・初瀬の長谷寺に入って来たが、古代史が複雑に錯綜した地でもあるので、白洲正子(敬称略)の文章も古代史の勉強不足の筆者には、簡単に通過できずにもじもじする始末。その内、近江高島の白鬚神社のことが頭を過り、ことはますます混沌として来た。

何度もなんども読み返し、関連資料を紐解いていくと、なかなか簡単な事ではない事が次第に分ってきた。先ずは仏像のことから書いてみよう。 

 
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A- 盛安寺十一面観音・・・・

文中で・・・最初に記した盛安寺の観音と長谷寺の本尊が何故密接な関係にあるのか、もはや説明するにも及ぶまい。素材は大津の湖上に何十年も漂っていた霊木である。崇福寺に同じ像を祀ることを考えたのは、きわめて自然な成り行きであろう。・・・・というくだりである。

崇福寺は今は廃寺となって跡しか存在しない。であるから、どのような仏像がその寺院に存在したかは、今となっては確かな事は分らないのが現状である。ただ、盛安寺の十一面観音が崇福寺の観音堂に祀られていたということのみである。・・・・そうであるならば・・・・白洲正子は盛安寺の観音は長谷寺の観音と同じ樟の同一原木から刻まれたと言っていることになる。

しかし、手持ちの参考書には木彫と有るだけで、原木の材質は明記されていない。あるHPの検索文章の中に<檜>とはっきり明記されているものを発見した。


 
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仮に<檜>が正解であるなら、上記Aの文章は成立しなくなる。筆者は困った!
捕り物臭くなったが、すこし考えてみよう。

問題のHPには観音像の彫り方についてこう書いてある。

・・・・丸顔で首は短く、上半身はどっしりしている。条帛の襞(ひだ)は細かく表され、裳の折り返しも縦の襞が賑やかである。その下に渦を巻く紋が刻まれ、また膝下の襞は力強いが、こうした衣紋は平安前期彫刻の要素といえる。ただし、平安前期の仏像によく見られるボリューム感はやや減ぜられているので、平安中期頃の作と思われる。・・・・・

盛安寺-01

 
 
 書いた方の経歴は不明では有るが、素人の方でない事は明白である。眼の付け所が常人ではない。専門家の眼でもある。確かに仏像の鑑定で大事な部分は条帛の襞や衣紋の彫り方である。これで年代が推定できる。  そのような方が材質の<>を<>と間違えことはないであろうと思う。そうであるならば、白洲正子は勘違いして、この観音の材質を長谷寺の錫杖を持った長谷寺式十一面観音の形から、この観音も<樟>と推定したのではないのであろうか。

また、崇福寺は天智天皇(661-671)の御世の鎮護寺であるから、継体天皇(507-531)の御世とは140年も間がある。最も重要な彫刻された年代が平安時代中頃というのであれば、花山天皇の御世(980)ころであろう。以上二つのことからこの寺の観音像は仏像形式の類似以外には関係が無いのではないかと思う。読者はいかがであろうか。



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B-樟の原木の逸話

 
文中で「原木の逸話」について面白い話が書かれている。筆者はこれに気を取られた。つまり、<何か文章の行間に見えないものを見た>のである。近江の大津の湖上で漂流していた樟の原木が百年以上もかかって、大和の初瀬まで紆余曲折を経て辿り着き、最後には仏像となるという逸話は、いったい何を語ろうとしているのだろうか。単なる薄っぺらな逸話ではないと考える。

大津は京都から逢坂を超えたところから現在は近江高島の手前までである。以前は堅田付近までが大津といわれていた。白洲正子がこの文章を書いた頃は堅田止まりであったろう。そうすると、琵琶湖の内湖という地域である。

先に結論を書くのは面映いが、<>=継体天皇・その一族という事ではなかろうか。先般ご紹介した「白鬚神社」がここで俄然意味を持って来たのである。筆者の当てずっぽうもたまには当たるようである。 白洲正子はここで本当は何を書きたかったのであろうか。

次回はこの謎解きを恥ずかしながら古代史に疎い筆者がしてみたいと思う。

 
 
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