2012年7月20日金曜日
茜ちゃんの「白洲正子著作集・読書日記」-019
「十一面観音巡礼ーこもりくー泊瀬」
写真の薔薇・樹木花等は<花咲きかおまさ>さんの著作権が付いております。
南方海域に熱帯低気圧が発生したと思ったら、もう午前中から奄美諸島は台風の直撃を受けるはめになったしまいました。 50~80mm/hの予想。実際はどうなるでしょうか。
昨日、谷川の堤防の護岸の根元に石を集めて積み重ね、底を抉られない様にと応急処置をしたばかり。 せっかちな台風です。 今年は台風の襲来が多いですね。皆さんも九州の様な大水害に遭わないように充分ご注意ください。 自然は何時も生き物に対して過酷ですね。
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先回は 「渡来人の足跡」・天日槍(新羅)と都怒我阿羅斯等(加羅)ということで、朝鮮半島の各時代の民族が戦争やその他の理由で、当時は発展途上国であった倭国(日本)に様々なルートで渡来し、山陰・山陽・若狭・近江一帯に住み着いていった事を書いた。
各地に数多くの渡来人と思しき墳墓、住居跡、構築物、神社・仏閣・地名etcなどが残っている。科学的な判断からみて、否定はどうしても出来ないのである。また、歴史上著名な人物の中にはそのルーツが日本を離れて、朝鮮半島、中国、そのまた以西にある方々も多く居るようである。
諸説の中には<聖徳太子の母親はペルシャ人であった>と書いている人も有るくらい。しかし、無闇に頭ごなしに否定も出来ないところが、古代史の不思議なところ。 最近まで・・・聖徳太子は実在しなかった・・・・などという説が有力であった。そうであるならばあながち母親のペルシャ人説も無下には否定もできない・・・・・・。
そのような訳で、今後古代史の歴史学としての記述が大幅に変わる可能性は大きいと言わざるを得ない。物理学の世界のビックバン理論が真実であると確定したわけでもなく、学者の間には有力な反対論者もある位である。今後どのようにヒックリ返るか分らないのと同じようなものである。
Wiki 資料では 応神天皇 ー 稚野毛二派皇子 ーー 意富富杼王〔息長氏祖〕ー
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ー 隼総別皇子
ー 乎非王 - 彦主人王 - 継体天皇
この点を・・・倭彦王擁立は「書記」編者が、継体による皇統簒奪を隠蔽しようとした作為的な曲筆でないか・・・・と史家に疑われているようである。 また、武烈天皇に嫡子がなく、非道な行いが多く問題のあった天皇とされている。これが果たして史実通りなのかと言うことである。
* 日本書紀 巻第十六 には<武烈天皇の暴虐>の項は存在する。
何かしら近似した事実がこの天皇にあったかもしれないが、当時の豪族と天皇系との力関係によってわざと強調され、この王統継続の断絶の必要性を強く示唆するが為の作為に似たものであるとする説も有る。
つまり、継体天皇より始まる王朝が三輪王朝、河内王朝に継ぐ新王朝である事を言外に仄めかしているのかもしれない。継体の「継」、「体」は<新しく新王朝を継ぐ>の意味に取っても違和感はないし、その意思を素直に感じる。
前口上が長くなったが、本日からは「継体天皇の出自」を考えてみたい。
白洲正子(敬称略)が「十一面観音巡礼」のなかで、近江の山中から流れ出た樟の巨木が、百年前後の時間と紆余曲折を経て、大和国の三輪山の麓の長谷寺に辿り着き、十一面観音となった伝承を書いたが、著作の文章の中に、その間の経緯を詳細に書けなかった事情は、継体天皇とその一族の出自にあることは間違いない。 書きたくてもご自分の置かれた立場では無理と言うものであることは、先般来書いて来た通りである。
重複するようであるが纏めてみると、継体天皇の出自については4種類有る。
1- 近江の高島郡(現在の滋賀県高島市)の辺りで出生された。
2- 越の三国(現在の福井県坂井郡三国町)の辺りで出生された。
3-A・ 朝鮮半島からの渡来人である母・振媛と倭国の豪族との間に生まれた。
B・ 母・振媛の連れ子である。
「3」に至っては、人によっては激怒するかもしれないが、それは東洋人の感覚であって、西ヨーロッパなどでは特にどうと言うことでもない。 ごく普通にあった歴史的事実である。 先ずは順番に冷静に考えてみようと思う。
A・ 近江の高島郡(現在の滋賀県高島市)の辺りで出生された
継体天皇は即位前までは近江の高島郡一帯を治めていた豪族の長・・・・日本書紀では男大迹王(おおどのおおきみ)、古事記では袁本杼命(おおどのみこと)・・・・であった。
日本書記では応神天皇の五世孫と記している。武烈天皇とは十親等も離れている。
しかし、此処までに来るに奇妙な事実があった。先代の天皇即位者・武烈天皇崩御後、最初に候補に挙がったのは仲哀天皇(応神天皇の父)の五世孫・倭彦王(やまとひこおう)であったが、擁立に失敗し、男大迹王に白羽の矢が立ったのである。しかしながら不思議な事に継体の父・彦王人王(ひこうしおう)と応神天皇の間の三代の実名が「書記」には記載がないのである。
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継体天皇は「記紀」以前では垂仁天皇(三輪大王家)の末裔と称し、「記紀」の編纂段階で応神天皇五世孫と称している。実に奇々怪々なことでもある。乱暴に言うと相当フィクションが混入していると考えねばならない。
継体天皇その人である男大迹王(おおどのおおきみ)が近江で出生されたにしろ、越前国三国で出生されたにしろ、父・彦王人王(ひこうしおう)は近江高島辺りである事は、傍証からほぼ間違いないようである。WIKIの資料を上に揚げたが、その中に意富富杼王〔息長氏祖〕がが見える。結論からいうと、継体天皇は息長氏一族の出であろうという事になる。
近江の有力豪族で皇統系図に頻繁に現れるのがこの息長氏である。天皇家の系譜中に頻繁に現れる息長を冠した名前が頻繁に現れるのは、「息長氏による「系譜の嵩上げ」が有ったと推測する学者が複数いる。息長氏は6~7世紀頃皇親としての立場を利用して、天皇家と有力氏族らの系図類の嵩上げを意図的に、政策的に行ったとしている。
さらに・・・「記紀」の編纂の少し前の天武・持統天皇のころ、宮廷伝承に息長氏は自家の系譜を持ち込みはめ込んでいる・・・としている。また・・・以上のようなだいそれた事が可能だったのは、息長氏が継体天皇の出身氏族だったからに他ならない・・・・としている。至極常識的な推論であろうと筆者も考える。
息長氏の地盤であったと推測される場所は、近江国坂田郡近江町(現・米原)である。息長荘、息長村、米原市立息長小学校などという名称も見られる。ここから琵琶湖を隔てた対岸には近江高島・三尾の里である。 継体の父・彦王人王の別業(別荘)があった。
継体天皇のお妃も9人ほど存在していたらしいが、越国出身者は居ないとのこと。近江、尾張などの地域である。そのようなことから、継体天皇の出生地は近江というのが有力なところであろう。特筆すべきは尾張の豪族と密接な関係が保たれ、厳然たる力を発揮する石杖になっていたのが興味を引く。
織田信長の一族の古巣は越前国織田荘である。当然のことながら朝鮮半島と密接な関係に有った事は間違いのないことであろう。男大迹王の時代に近江、尾張、越前は大きな一つの勢力圏にあったことは充分想像できる事である。
一般の書物には「古事記」、「日本書紀」以前には史実資料がないと、いとも簡単に切り捨てているが、実は記紀編纂の段階で、多数存在した「風土記」の類が廃棄された事実が有る様である。古代中国にも正史は存在するが、編纂後は参考資料は廃棄するのが建前のようであった。仮に記紀の編纂の段階でこれが行われたら、真実は永遠に闇のかなたに消えていってしまう。編者や時の実力者に具合の悪い史実は、先ずその憂き目に遭うであろう。
仮にの話だが・・・・・<天皇家は万世一系>に拘らないという考えが、日本人全体の共通の通念になったならば、全国の神社・仏閣・素封家などから先の<風土記>やそれに類する史書、資料が飛び出してくるであろう・・・・しかしである。現実はそう簡単にはいかない。
筆者のようなどこの馬の骨とも知れない者であれば何の実害もないが、そうは簡単に認めるわけにはいかない公家・皇族以外の方々も居られるようであるから、事は簡単にいかないであろう。再三書いた事であるが、宮内庁管轄の墳墓などの遺跡の調査が、完全にオープンでないのも大きな障害になっている事は間違いない。
余談になるが、筆者が七年の間お傍でお付き合いさせていただいた「小野 妹子」の墳墓は近江以外の大阪府にも存在し、今も尚どちらが真実の墳墓なのかは分らない。この辺りも官僚の介入によって調査が遅れ、もたもたしている内に盗掘に遭ってしまい、大事な歴史的資料が散逸した可能性は強ち否定できない。確かに盗掘は全世界の共通事項で日本政府や官僚ばかりを余り強くは批判は出来ないのでは有るが・・・・・(^-*)
次回はB,Cについて書いてみたい。結論は今のところAが有力であるが、史実の本当のところは分らない。
本来ならば白洲正子著作集・「十一面観音巡礼」に直接関係はないのだが、歴史的な面で学者の間でも見解が大きく分れ、且つ古代史の大いなるロマンを横溢させるところでもあるのでかなり時間を掛けている心算である。この辺りを読者はご理解頂きたいものである。
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